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自分にしろ他人にしろ、なんというか自分の実力を上手く受け入れたりできないので詳しくは知らないことを知ったようなフリしたり見栄はったりするんだろうか。自分の実力を上手く換算するには結局すごい人がどんなすごい努力やすごい事をやっているかをきちんと見なきゃダメ+自分で実際に何かやってみないとダメ+〜〜ができるとかそういうことにアイデンティティを感じたりするとダメなのでしょうかね。
そのままの自分を受け入れることとかが大事なのかなーなどと思ったけど、そのままの自分を受け入れることってそれってどうやればいいの、と思いました、まる。
大人に成長できないまま大人になってしまった場合いつ大人に成長するのか?
なんのことを言ってるのかといえばコミュニケーション能力とか人を気遣う能力は単に経験の有無なんだろうぐらいに思ってて、経験が無ければないで経験を積んでいけば良いと思うのだけど、そもそも経験をつむ方法すらわからない。
何もすることもなく年を重ねた場合、子供のように他人がなんとかしてくれる、他人が自分に何かしてくれなければ他人が悪いというような子供のような精神を持ってしまうんだろうなー。いや、自分のことなんだけど。
コミュ障すぎて生きるのに支障をきたしているのでなんとかできたら。いや、コミュ障すぎてというよりもそのあたりのことを悩むだけ悩んで結局何も行動を取れないせいか。
正直になれって言ってるのは自分の心の中を全部明け透けにしろという意味ではなく、隠さずに打ち明けて欲しいことを打ち明けて欲しいぐらいの意味に取ったほうがいいんじゃないかという話。ネガティブな気分とかを他人に正直に話しても単に相手を不愉快にするだけとかそういうことか。
せいなのかなあ。なんか変に落ちこんだりしてるのは。
期待と落ち込みを繰り返すことは、自分の気持ちをすり減らします。
http://nayami.shiawasehp.net/ningen/trouble/henji.html
表題へ。
やること
目標なんて高ければ高いほどいいじゃんなどと単純に考えていたけど、自分の実力とかけ離れた目標を掲げるのは単に見栄はってるか無理してるようにしか見えないよなあ。かと言って低い目標掲げても仕方ない。まあバランスじゃんという話だけど。という当たり前の話。
でも結局昨日書いてた通り実際に理解しないと知っていてもそれ通り実行できないですよねー。まあなんか一番効率よくて体壊さずにいけるような目標と計画を掲げようと思った。より遠くに行ったほうがよりよい。無理して駆け足してすぐばてちゃうのは違うよねーという、日記。
常に疲れているとほんとダメだと思いました、まる
というのも最近色々あって睡眠時間が減っているんだけど、それの蓄積が今日急にきた。
現在書いているコードのアーキテクチャをすこし変える必要が出てきたのだけど、どういうふうに変えればいいのかという決断が本当に全くできなくなって死んだ。睡眠時間を削るなというのはよく言われる話だけど、こういうのは、一度体験しないと多分わからないことだと思う。
教訓としては、どんなに忙してくも睡眠時間は守りましょうという既知のものになるが、とはいえ体験しないとわからない + 知っていることと理解することは違うという話でした。
最近同僚に貸していたおすすめメンタルヘルス本が返ってきた。これらの本は、ストレスを避けるための考え方や、ストレスから身を守るためのプラクティスや、安易な言い方だが自分の内面を見つめ直すのに有用である。精神的にしんどいが病院行くほどでも無いというぐらいの症状の場合などにおすすめである。本気でしんどい人は精神科などに行きましょう。
薄くて読みやすい上に、考え方というよりもプラクティスが多い。上座部仏教で行われるサマタ瞑想とヴィパッサナー瞑想について記述されている。とても実践しやすい。
上記の本と同じ著書。こちらは上記の本と違ってプラクティスというよりも理屈が多い。上座部仏教から由来する自我に関する考え方が記述されている。
wikipedia:インナーゲームの考え方をメンタルヘルスに適用したもの。300ページ弱あるが、その中には理屈と言うよりも本当にすぐに役にたつプラクティスが多い。メンタルヘルス系の中には、こう考えれば良い、以上。で終わるような説教が混じったようなあまり役にたたないような書籍があるがこの本はそれとは違う。また、上2つの本と違って宗教的な匂いが全くないのでそういったものが苦手な人にもおすすめ。
自分にとって大切なタスクは、自分が気がつくように自分に対してきちんと自分で広報・マーケティング・宣伝すべきというようなことがアイデアの99%に書いてあった。それを読んで仕事の細かなタスクをポストイットに書くようになった。
ペンを手に取りポストイットにタスクの内容を書いて、ディスプレイの側面に貼り付けることで、タスクを意識に登らせる機会を増やしてくれる。タスクという目に見えないものを具現化してわかりやすく自分自身の意識に訴えてくれる。ポストイットというパステルカラーの紙にインクを載せて目につくところにおいておくと、その物理的な紙の質感やボールペンのインク、自分の筆跡とともにタスクを主張してくれる。そしてタスクを一つ終わらせるごとに貼りつけられたポストイットを取り除くと一種の達成感を感じさせてくれる。
やってみるまで気が付かなかったが、これをやることの利点はもうひとつあり、それは簡単にやっつけられるタスクを貯めておけるということだ。簡単にやっつけられるタスクというのは、時間もそれほどかからないし、頭もそれほど使うわけでもないし、緊急性もそれほど高くないタスクだ。こういったタスクは、仕事をする上での効率性やモチベーションを保つのに役に立つ。
なにか調子が乗らない、もしくはやる気がでない、頭が働かない、というような時に何か大きなタスクや頭の使うタスクなどにいきなり取り組むのはしんどい話だ。
朝起きたばかりに全力疾走したり、徹夜明けでヘロヘロになっている時に難解な哲学書を読んだりすることは普通しない。朝はゆるゆると起きて、カーテンを開けて日の光を浴びて顔を洗い朝ごはんを食べるのが気持ちよく仕事を始められるしそっちの方が無理なく効率もいいはずだ。
仕事のタスクも同じで、やる気や調子が出ないうちに自分の手に負えない大きな問題に取り組んだりするよりかは、あらかじめ貯めておいた簡単なタスクを手早くやることで自分の頭の調子をあげて一日のモチベーションを高めていくほうが効率が良い。
一日の最初に行うべきである、マラソンする前の準備運動に当たるものを、ポストイットで集めておくことが出来る、という話でした。良かったですね、まる。
なんか思ったことを文章化していこう
もし何か後悔するような文章を書いたらその時は消せばいい
自分の考えを何かロジックとして外に出すことをしなければ
自分の頭がパンクするというかどうしようもない思考でいっぱいになりそう
頭の中の思考は、客観的ではない上に頭の中に渦巻いているだけで正しさを検証しづらい。客観的に見辛い
自分の思考を人に見せる文章にすることで、自分の考えを検証できるようになるし、すこし時間がたって眺めることで客観的に見ることが出来る
@yoyaさんお誘いの元、自分+同僚で雨の中筑波山を登ってきました。
以下写真。
小雨が降っていたので、視界が開けない。
腕組みしてドヤ顔をするyoyaさんと同僚。
岩も雨で濡れてつるつる。
途中にあったほこら。
女体山頂。このあと男体山頂までいきました。
男体山頂付近。雨も強くなり突風も吹き始める。もはやまともに山登りしてる場合じゃない。
頂上までたどり着いた後、さすがにこの天気のまま下山するのは無いなということでケーブルカーで下山しました。その後温泉入って焼肉食べて終了。
大変楽しかったです、まる。